息子の保育園時代。感覚過敏・こだわりが強い・母子分離不安…など特性ゆえ、私なりに対処方法を見つけては工夫してきました。
息子に合う声掛け方法が功を奏し、少しずつ色々なことが出来るようになったり解決したりしました。
それなのに、「家でできる」ではなく「集団生活でできるが基準」という指摘を受け…。
息子が保育園を嫌がる理由は、私の想像以上に複雑で奥深いのかもしれない、と思うことがありました。
家では、特性ある子に合った声掛けや対処法で工夫してきた
息子には幼い頃から、なかなか寝ない・些細なことに敏感・こだわりが強い・お母さんと離れると泣く・ペースやルーチンが崩れることを嫌がる…などの特性がありました。
色々悩みながらも、私なりに対処方法を見つけては工夫してきました。
息子に合う声掛け方法や対処法によって、少しずつ色々なことが出来るようになり、1つずつ問題をクリアしながら息子の生活ぶりを整えていました。
保育園で「集団だとできない」と指摘されて
保育園(当時4歳)の保護者面談で、「全体指示が通らない」「一斉指示を理解していない」「集団だと遅れをとることが多い」と指摘されました。
行動が遅い、おっとりしたタイプの子を育てている母親の立場からすれば、子供全員が一糸乱れぬ列でテキパキ行動する方が異様だよ…と思うところもあり、素直に指摘を受け止められない気持ちもありました。
それに、「指示が通らない」については、家では言うことを理解しているのに「理解できていない」と指摘されること自体が不思議でした。
※詳細は、上記別記事ご参照
「家ならできる」は基準じゃない…
目が覚め始めたのは、その時の主任の言葉。

極論「家ではできる」は関係なく、集団生活で一斉指示に従って皆と行動できないとダメだ、と。
確かに、集団の場で全体指示を理解して、皆と一緒に時間に合わせて動けなければダメだよね…。
この時に初めて?「家ならできる」は基準じゃないんだ…と認識できました。
集団生活を前提に!?

さらに主任から「このままだと小学校に行って困るのは本人」だと言われました。
このままいけば、それは確かにそうなのかもしれない。
もっと集団生活を前提に考えていかなければならない…と感じました。
家とは違う、親のフォローがない保育園(集団生活)
家では、息子が話を聞ける体制を整えてから、主語を意識してなるべく分かりやすい文章で話していました。
何かが気になって次のステップに進めない時は、先に察してフォローに入っていました。
そんな親の先回りやフォローがない保育園での集団生活は、息子にとって「謎の過ごしにくさ」があったかもしれない。
息子自身が、”自分でもよく分からない”過ごしにくさを感じていたとしたら、本当に可哀想なことをしてしまった。
保育園を嫌がる、先生が怖い、の理由は奥深いのかも
息子が保育園を嫌がったり、「先生が怖くて嫌い」発言の背景には、私の想像以上に複雑な理由があるのかもしれない。
私のこれまでは、先生が怒鳴るから息子は先生を怖がっている、という直接的な発想でした。
でも、先生が怒鳴る時がどんな時か紐解くと、私が家で分かりやすく話す方法とは違って、突然・怒り気味の声で・主語なし命令口調で指示される、これが息子にとっては「よく分からない、何もしていないのに怒られる」という状況なのかも?
息子が保育園を嫌がるのは、そういう奥深い背景と繋がっているのかもしれません。
家ならできるVS集団だとできない
私は「全体指示が通らない」「集団だとできない」と指摘されて、「家ではできるから、先生側のやり方が悪い」という発想でした。
子供の成長や特性は一人一人違うから、基本的には「本来、子供1人1人の成長に合わせて指示するべき」というポリシーは持ち続けています。(この時も今でも)
でも『集団生活の中で、みんなが出来るのに息子にはできていない』ということを考えると、このままではいけないことは明らかで、どうにかしなくてはと思いました。